もうすぐ終戦の日がやってきます゜。

おばあちゃんは6歳でした。

母や姉がラジオの前で
泣いていたのを覚えています。

天皇陛下の無条件降伏

こども心にもそれはみんなアメリカの
言うとおりになるのかなと思ったものす。

戦前生まれだけど
あまり戦争を知らない。

母の兄はつまりおじさんは
海軍の中佐。

そんな兄は生きてるかどうかもわからないままま

引き揚げてきました。

はじめての貧乏生活

なぜか日本に帰ってきたら

貧乏だった気がします。

あの時代はみんなかもしれません。

姉は傘を買ったら1000円だったそうです。
給料と変わらないかそれ以上のねだん。

↑こんな良い傘も

今は安いですね。

八百屋さんのお店を出して安定して。

それから衣料品屋さんになって。

兄が帰ってきて、
税理士になって、くらしも楽になったように感じました。

昭和227年ころでしょうか。

普通に学校も行けて、
最初は、道路にふろうじといわれる人が
たくさんいました。

おばあちゃんより少し年上の人も
戦争でおやをなくした子です。
母はおにぎりを握って、

あげてたようです。

子供心に戦争ってやってはいけないと
思ったものです。

今は孫たちも自由に生きています。

おばあちゃんも小学校のころは二部授業など
ありましたが。

中学に行く頃は安定して、
のんびりしていました。

この時代をしってるひとも

少なくなってきましたね、
寂しい気持ちもあります。

でもおばあちゃんは
前後の教育を受けてるのです。

昭和21年に小学校に
入学しましたから。

女学校じゃないのです。

原爆もあまり知らないのですが
ひめゆりの塔という、沖縄の映画を見たときは

悲しかったです。

香川京子さんだったかな。

主役は。

あんな悲惨な時代を乗り越え
頑張った先輩には敬意を表しています。

これからは孫の時代も
戦争がないことを祈っています。

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